“おかず”というメタファー


〔おかず〕とは、主食に付け合せて食べる副食や惣菜のこと。



■おにく


男子は焼肉の写真を見ながら白飯が食える
焦げ付く匂いで白飯が食える
柔らかな感触で白飯が食える
ジュージューと焼ける音で白飯が食える
肉を焼き終えた網を見てさえも

あらゆることは想像力によって変換され槍となり、脳を激しく刺激する



■かしら


自分にとって本当に美味しいものというのは頭の中にあるのだとおもう
それが美味しいかどうかということは鑑みる必要はない
「食べたい」と思うものが食べられれば幸せだからだ

頭の中というのはタブーで溢れかえった箱である
魔法の塩もある
秘密のシロップもある
規範なきドレッシングもある

それらを駆使しながら現実を好きなように改変し、頭の中で調理して美味しく食べる
それは自分にとって最上なのだ

調理は次第にパターン化していき自分の形のようなものができてくる
だんだんとそれを好むようになりさらにアクの濃いものを求める、より中毒性が高い物、あるいは法律違反スレスレのものまで食べたくなる

もちろんそれは夢の中の話だ
未熟な子どもの頃の話だ



■れもん


初めてれもんを囓った男子は絶望する

一度食べてしまうと“それ”は“それ”でしかなくなってしまうからだ
「食べられない」ということが作った無限の夢や可能性が一つのイメージに固定される

れもんはたしかに美味しい
夢にはなかった“生々しさ”がある
あるいは“あたたかさ”がある
想像を超えたところに隠れていたある種の新鮮さに溺れる
知らなかった美味しさを発見した悦びがある

しかし、いつかその味では我慢できなくなってしまうときがくる

新しい味を求めて旅に出る
もう一度落書きのような夢を求めて



■おかず


旅には休憩がつきものだから、おにぎりをたくさん持っていかなければならない
中に具を入れる必要はない
何しろ、おかずになるものはたくさんあるのだから

頭の中にあるそれを引き出せばいい
でもそこに無限のイメージはない

「一度も食べたことがなかった」あの頃の夢はもう見ることができない

頭の中にあるのは一つの味と匂いと感触と声だ
引き出しの中はそれでいっぱいになってしまう

初めての果実は様々な夢(可能性)を奪った
一つのイメージを植え付けて頭にこびつける


あの頃の夢をいつまでも見ていたくても、レモンの味は離れない
もう知りすぎてしまっている


中学生の時のあの夢にはもうありつけない